「奥の細道」より切れ字のチェック一覧
1草の戸も住み替る代ぞひなの家
季語 ひなの家
切れ字 ぞ
2行春や鳥啼魚の目は泪
季語 春
切れ字 や
1●3あらとうと青葉若葉の日の光
季語 青葉若葉
切れ字
2●4剃捨て黒髪山に衣更・・・・・曾良
季語 衣更
切れ字
5暫時は滝に籠るや夏の初
季語 夏
切れ字 や
3●6かさねとは八重撫子の名成べし・・・・・曾良
季語 撫子
切れ字 「べし」助動詞終止形
7夏山に足駄を拝む首途哉
季語 夏山
切れ字 哉
8木啄も庵はやぶらず夏木立
季語 夏木立
切れ字 ず
9野を横に馬牽ひきむけよほとゝぎす
季語 ほととぎす
切れ字 よ
10田一枚植て立去る柳かな
季語 柳
切れ字 かな
11卯の花をかざしに関の晴着かな・・・・・曾良
季語 卯の花
切れ字 かな
12風流の初やおくの田植うた
季語 田植
切れ字 や
13世の人の見付ぬ花や軒の栗
季語 栗の花
切れ字 や
14早苗とる手もとや昔すのぶ摺
季語 早苗
切れ字 や
15笈も太刀も五月にかざれ帋かみ幟のぼり
季語 五月
切れ字
4●16笠島はいづこさ月のぬかり道
季語 さ月
切れ字
5●17桜より松は二木を三月越し
季語 桜
切れ字 「越す」動詞連用形。
6●18あやめ草足に結むすばん草鞋の緒
季語 あやめ草
切れ字
19松島や鶴に身をかれほとゝぎす・・・・・曾良
季語 ほとゝぎす
切れ字 や
20夏草や兵どもが夢の跡
季語 夏草
切れ字 や
21卯の花に兼房みゆる白毛かな・・・・・・曾良
季語 卯の花
切れ字 かな
22五月雨の降のこしてや光堂
季語 五月雨
切れ字 や
7●23蚤虱馬の尿する枕もと
季語 蚤虱
切れ字
8●24涼しさを我宿にしてねまる也
季語 涼し
切れ字 「なり」助動詞終止形
25這出よかひやが下のひきの声
季語 ひき
切れ字 よ
9●26まゆはきを俤おもかげにして紅粉の花
季語 紅の花
切れ字
27蚕飼こがいする人は古代のすがた哉・・・・・・曾良
季語 蚕養
切れ字 哉
28閑さや岩にしみ入蝉の声
季語 蝉の声
切れ字 や
29五月雨をあつめて早し最上川
季語 五月雨
切れ字 し
30有難ありがたや雪をかほらす南谷
季語 雪(夏だが残雪を詠んだ句)
切れ字 や
31涼しさやほの三か月の羽黒山
季語 涼し
切れ字 や
10●32雲の峰幾つ崩て月の山
季語 雲の峰
切れ字
33語られぬ湯殿にぬらす袂たもとかな
季語
切れ字 かな
34湯殿山銭ふむ道の泪かな・・・・・・・・曾良
季語
切れ字 かな
35あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ
季語 夕すゞみ
切れ字 や
11●36暑き日を海にいれたり最上川
季語 暑き日
切れ字
37象潟きさかたや雨に西施せいしがねぶの花
季語 ねぶの花
切れ字 や
38汐越や鶴はぎぬれて海涼し
季語 涼し
切れ字 や
39象潟や料理何くふ神祭・・・・・・・・・曾良
季語 祭
切れ字 や
40蜑あまの家やや戸板を敷て夕涼・・・・・・・・低耳(みのの国の商人)
季語 夕涼
切れ字 や
41波こえぬ契ありてやみさごの巣・・・・・曾良
季語
切れ字 や
42文月や六日も常の夜には似ず
季語 文月
切れ字 や
43荒海や佐渡によこたふ天河
季語 天河
切れ字 や
12●44一家に遊女もねたり萩と月
季語 萩と月
切れ字
45わせの香や分入右は有磯海
季語 わせ
切れ字 や
46塚も動け我泣声は秋の風
季語 秋の風
切れ字 け
47秋涼し手毎にむけや瓜茄子
季語 秋涼し
切れ字 や
13●48あか〱と日は難面つれなくもあきの風
季語 あきの風
切れ字
49しほやしき名や小松吹萩すゝき
季語 萩すゝき
切れ字 や
14●50むざんやな甲かぶとの下のきり〲す
季語 きりぎりす
切れ字
51石山の石より白し秋の風
季語 秋の風
切れ字 し
52山中や菊はたおらぬ湯の匂
季語 菊
切れ字 や
15●53行〱てたふれ伏とも萩の原・・・・・・曾良
季語 萩
切れ字
54今日よりや書付消さん笠の露
季語 露
切れ字 や
55終宵よもすがら秋風聞やうらの山
季語 秋風
切れ字 や
56庭掃きて出ばや寺に散柳
季語 散柳
切れ字 や
57物書て扇引さく余波なごり哉
季語 扇
切れ字 哉
58月清し遊行ゆぎょうのもてる砂の上
季語 月
切れ字 し
59名月や北国ほくこく日和びより定なき
季語 名月
切れ字 や
60寂しさや須磨にかちたる浜の秋
季語 浜の秋
切れ字 や
61浪の間や小貝にまじる萩の塵
季語 萩の塵
切れ字 や
62蛤のふたみにわかれ行秋ぞ
季語 行秋
切れ字 ぞ
「奥の細道」内の句の番号 ●は切れ字がないと思われる句の番号
「奥の細道」にある句の内の「切れ字」について
切れ字「や」の数が二十九句もある。・・・・・・上五に多く使われている。
切れ字「けり」はほとんど無いと思われる。
切れ字「かな」は八句。・・・・・・・・・・・・下五に使われている。
切れ字の無い句が十五句。
※切れ字が無いと思われる十三句+2句(也「なり」「越し」は切れ字ではないとする。)=十五句。
俳句575第五回「切れ字って何」「けり」について
今回は切れ字「けり」のある句を見てみましょう。驚いたことに芭蕉は「奥の細道」では切れ字「けり」を一句も使っていません。
これは、このように細かく切れ字に焦点を当てて見て、第一回からこれまでを通して、初めて知ったことです。
「けり」が使われていないことに比べて、「や」がとても多い事が解りました。
芭蕉は、何故これまで切れ字の代表と言われて来た「けり」をまったく使わなかったのでしょうか。
私が考える所では、「けり」は、詠嘆と過去を表す助動詞という意味合いがあります。そこで、この紀行文では、その行程の難しさや、その土地に芭蕉自らが出向いてその場で書いているという臨場感を大切にするために、切れ字「けり」を使わないという作句法を摂ったのではないでしょうか。
それでは、芭蕉は「奥の細道」以外では、「けり」を使う事は無かったのでしょうか。
生涯に千句余りの句を残したと言われる中から、「けり」を探してみましょう。
まずは有名な名句を見付けました。
①行春を近江の人とおしみけり
この句には、芭蕉が推敲を重ねた記録が残っています。
②行春をあふみの人とおしみける
③行春やあふみの人とおしみける
この句は3句とも同じ句であるとされていて、それぞれに残されている作品集が違うようです。②は「猿蓑」に残されていて、作品集としてはこの句が名句ということになります。 そうなると、少ない「けり」の句とは一言では言い難いですね。
多くは切れ字「けり」とは、詠嘆や過去の意味を表わすとされ、下五に置くことが多いと言います。ところが探してみると「や」のようにどこにでも使われています。
秋来にけり耳を訪ねて枕の風
甲比かび丹たんもつくばはせけり君が春
旅烏古巣は梅むめになりにけり
春の夜は櫻に明けてしまひけり.
あまり多くはないものの、上五、中七、下五と、それぞれにつかって、切れ字としての「けり」は、「~~だ」「~~だった」というように過去の詠嘆を表すものですから、語調の柔らかさなどから見ても、これまで言われてきたように、下五に使うことが効果的なように考えられます。
しかし、芭蕉は「奥の細道」ではひとつも使っていないのは何故なのでしょうか。
俳句は短い為に、過去か現在かで大きく変わると考えていたのでしょうか。
作品としての編纂上で、切れ字「けり」の句は省かれたのかも知れません。前後のつながりが不自然な書き方になってしまうからです。
まして、現代では「けり」をつかうことで「・・・だった」「・・・だなァ」というニュアンスになり前後の時間の流れがつかみづらいです。
その他、「けり」は助動詞であるために活用があり変化します。ですから切れ字「けり」とは言いますが、助動詞としては「ける」「けれ」なども使われ、切れ字として解りづらいです。一句をまとめるにあたっての時間軸が上手く表現しづらいためにあまり多くは使わないのではないかと考えます。
助動詞「けり」の活用
ラ変型。(けら)/〇/けり/ける/けれ/〇
ここで、単純な意見ではありますが、「けり」は「蹴る」と紛らわしいという事は、「奥の細道」の文中の句には使われていないひとつの理由にはならないでしょうか。
こうして考えてみると、確かに十七文字に凝縮された俳句の中に「けり」を効果的に使う事は難しいのかも知れません。
これは、現代においても言うまでもない作句上の慣習的な悩みですが、定型の中に慣習的に切れ字を使うというひとつの実作のコツは、どうも芭蕉の時代からすでにうやむやであったようです。
これまで切れ字について芭蕉の「奥の細道」をたたき台にして、切れ字の「や」「かな」「けり」の代表的な三つを採り上げて考察してきました。
これは、現代では切れ字と言われると、この三つを主にさしているからです。そして、この切れ字は、その有る無しをあまりこだわらない傾向がみられます。
けれども作句の現場で実作指導としてのアドバイスや添削の際には、未だに切れ字が有る無しを解いたり、また、その語調を整えるレトリック的な効果であっても、おうおうにして付け加えたりしています。
例えば、切れ字は一句の中に一つとすると良いと言われています。そして、三段切れは良く無いと言われています。
例句 目に青葉山郭公ホトトギス初鰹 山口素堂
けれども、この名句などは、上五、中七、下五と、すべての言葉が区切れていて、まるで三句一章です。それでも切れ字はありません。
例句 冬菊のまとふはおのがひかりのみ 水原秋櫻子
この句も有名な句ですが切れ字はありません。それでも句意は解りますし上手く言葉がまとまっています。これまでの経緯を鑑みると、私はいっそこの切れ字は、すでに現代ではあまり良く無いのではないかという結論に達しました。
大きな理由は、現代では使われない言葉であるために、その用法は感覚的なものでレトリック的であるということ。
そして、意味や解釈が大きく変わる場合まであるということ(切れ字の効果と弊害参照)です。助詞であれ助動詞であれその効果はもはや、特に切れ字である必要性が無いということです。
575の三つのフレーズに分かれていて、その韻文の美しさが俳句の良さです。こうして時代にあった言葉を俳句に詠み込んでゆけたらその方がずっと俳句をこれからも詠み続けるためには重要なのではないでしょうか。
切れ字は575に上手くまとめるための作句上の謂わば秘伝のようなもので、慣習的に現代ではすでに「や」「かな」「けり」の3つを呼んでいます。
古く文語で文章が書かれていた時代の名残りのように感じます。作者の表現者としての想いを大切にするためには時代と共に必要性は薄れて行くべきではないのでしょうか。
俳句575では、これからも俳句は定型詩であり世界でもっとも短い詩であると言われていることを、作句の指針として提唱してゆこうと考えています。
これまでの固定観念にとらわれない自由な俳句をこれからも模索して行きましょう。
※最後に、これまでの切れ字で有る無しの疑問を解決するための資料といたしました「切れ字十八」を文語文法に沿ってまとめました。
(かな・もがな・し・じ・や・らん・か・けり・よ・ぞ・つ・せ・ず・れ・ぬ・へ・け・に)
このうち、「せ」「れ」「へ」「け」は動詞の命令形語尾。
「し」は形容詞語尾。
「に」は副詞「いかに」のこと。
他は助動詞と終助詞。